たびぽん

旅のぶろぐとおもろいこと。特にテーマはなく、書きたいことを書いてます。

私の母

今週のお題「私のお母さん」

ということで母のお話。

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(photo:france)

 

私は、千葉県のとある病院で生まれ、今もなお住み続けている。

母の生まれは埼玉県で、実家から1時間ほどで行ける距離だ。

 

私の母は心配性でおしゃべりが好きだ。

そして母の癖は、口笛。

料理をしているとき、普通に生活している時、とにかく暇があれば口笛を吹いている。

しかし、本人に口笛をふいている自覚が全くないそう。

家ではまだしも、仕事でも口笛をふいているのか気になるところ・・・。

 

そんな母は、私を育てて20年経つ。

理想的な息子とはまだほど遠いが、ようやく働き始めすこしずつだが親孝行をできているのかなと感じる。

実は、私は幼いころから何を考えているかわからない人間だった。

純粋な発想で、自分の信じたことをとことん実行していく。

 

私が幼稚園に入園した時だった。

母親の顔が青ざめた事件が起こる。

 

【危うく私が死ぬところだったのだ。】

 

幼稚園の入園する頃になると、外で遊ぶのが大好きな年頃である。

休日になれば、家族とでかけることが多くなる。

家族と公園で遊んでいたころ、

砦のようなところがあり、そこから空をみていた。

優雅に飛ぶ鳥の姿に憧れ、直感的に自分も飛べるのじゃないかと信じてしまった。

 

私は、飛べると信じ、1歩を踏み出した。

しかし、飛んでる時間はわずか1秒。

10メートル近くある、下の砂場に向かって急降下した。

 

下が砂場だったので、一命はとりとめたものの

足を骨折してしまった。

これが23年間の中で初めての骨折でもあり、最後の骨折だ。

後に公園の砦がなくなったのは、この私の事件があったからと聞いた。

 

その日から毎日病院通いの生活が始まる。

両足とも折れ、移動は車椅子だった。

1人で歩けるようになるまで、私の面倒をみてくれた母。

それから私の母は心配性になったのかもしれない。

 

とにかく無茶ばかりする人間だった。

幼稚園の時だけでも

車に2回轢かれ、

公園の遊び道具に足をはさまれ動けなくなることもあった。

 

そんなやんちゃな私を育てたのは相当苦労したと思う。

そして、今もなお苦労はしているはず。

私の母親は強い。

自分を通し、曲げない。

世の中の母親になる人は強いと思う。

人を育てるのってやってみないとわからないけど、

色々苦労するものだと思う。

 

今日は母の日。育ててくれた母に感謝を言葉で表すのもいいかもしれない。

私みたいに恥ずかしくて、そういうのは苦手な人は、

些細なものをあげるのもいいのでは?

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